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2012年10月30日 (火) | Edit |
出された答えそのものよりも
それが導き出されるに至ったその人の考え・道理に目が行ってしまう。

今の世の中、人の考えや道理がおかしくなっている場面が
増えているのではないだろうか?

この考えや道理を常識と置き換えてもいいかもしれない。

人は「認められたい」という要求を持っているが、
自分の常識と相手の常識が違うと当然かみ合わない。

自分とかみ合わない相手が立場の上の人
(会社の上司だったり、取引先の偉いさんだったり)すると、
まず自分の常識が認められることはないだろう。

そして、理にかなわないと感じることでも、やらなければならなくなる。
自分の本音と行動が違った状態になる。

そんな自己矛盾の状態を繰り返していると、何が正しいのか分からなくなる。
自分の常識は間違っているのではないかと不安になる。
自分の本心も分からなくなる。

そして、自分に自信が持てなくなる。

こういったことも、鬱の原因の一つではないだろうかと思う。


そうすると、おかしくなってしまった世の中の常識が正しくなれば
鬱で悩む人も少しは減るのではないかと思う。

世の中をつくっているのは、我々個人一人一人です。
所詮、世の中は村社会ですから。


まずは、何が正しいのか本質を見極める眼を持ちたい。

そして、できれば正しいことは正しいと、間違ったことは間違っていると
言えるようになりたい。例え立場が上の人に対しても。

さらに、できればその相手に分かって貰えるようにしたい。



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